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Vanuatu diary

青年海外協力隊H27年度1次隊でVanuatuへ派遣されています。

ガダルカナル島の西側

ソロモンの首都、ホニアラには、キタノメンダナホテルという日本人経営のホテルがあります。そこに、戦跡巡りを事前にお願いしていました。西側、東側を2日にわたって行ってきました。西側はソロモン人ガイドの方、東側は遺骨収集に携わってらっしゃる日本人の方に案内していただきました。本当にお世話になりました。

 

西側についてです。

 

〇ソロモン平和慰霊公苑

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ここは、日本の「ソロモン平和慰霊公苑」です。高台にあります。

 

〇ギフ高地(Barara村)

ギフ高地にあるBarana村では、日本兵の遺骨を収集して、日本に引き渡している村人がいます。

70年経っても、戦争の爪痕がまだ残っているのだと感じました。

ガダルカナル島では、戦闘で多くの兵士が亡くなっていますが、最後のほうは飢餓やマラリアで亡くなった人がかなりいたそうです。ちょうど今ぐらいの季節です。本当に無念であっただろうと…。ソロモンに行って、日本とは全く違うこの環境、この暑さの中、食料もほとんどない中、戦うというのは想像を絶する戦いであったと感じました。

この村では、遺骨以外にもヘルメットや武器、瓶、飯盒などが収集されていました。

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零戦の一部がありました。

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〇オブザベーションポイント

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オブザベーションポイントに行って、高いところから、戦地を教えていただきました。

写真に写っているのは日本名でルンガ飛行場(旧ヘンダーソン飛行場・現在のホニアラ国際空港)です。この飛行場を巡って、日米は戦っていました。

 

 

〇テテレビーチ Tetere beach

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 米軍が上陸した場所です。奥に見える島はフロリダ諸島です。この島のツラギというところを日本軍は当初拠点にしていました。

 

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米軍の多くの戦車が今も放置されたままです。

 

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そして大量のコカ・コーラの瓶が!

 

 

〇教会近くにある一木支隊の鎮魂碑

 

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アリゲーター・クリーク(Alligator creek)

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イル川にあるアリゲータークリーク。

ここで、一木支隊は壊滅しました。

 

〇ムカデ高地 

第2師団の慰霊碑があります。ここ一帯は多くの戦死者を出した激戦の地です。

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